最終章
ロックちゃんが死んでしまってからすぐ後に
ぼくはアルバイト先で仲良くなった一つ年下の友だち、原口と二人で
ヨーロッパ旅行へ出かけることにした。
最初はアメリカに行きたいな と思っていたけれど、原口は「ひでさん、アメリカなんてダサいよ、田舎だよ」
と言うので「ふーんそんなものかな」っと行き先は簡単にヨーロッパに変更となった。
ぼくはロック狂いだったからイギリスかアメリカならどっちでもよかったし、
彼は美容学校の生徒だったので目指すのはやはりロンドン、パリだったようだ。
国境を超えながら、次はどこに行こうか?と両手に世界地図を広げてヨーロッパというものを知る、
お金は全くなかったけど、今考えるとずいぶん贅沢な日々を送ったひと月半ほどの旅行を終え
帰ってくると原口は、
「もうすぐ運転免許の取得方法が変わって値段があがるらしいっすわ」という。
それならその前に取ってしまおうと調べみると、合宿で取るのが早いうえにダントツに安いらしい。
ぼくらは見ていたパンフレットの中でいちばん安く短期で取得できる栃木県足利市という町にある
足利自動車教習所に合宿免許の申し込みをした。
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電車に乗って足利市に近づいてくると窓の向こうにはきれいな景色が広がってきた。
「おお。。いいところだ」 喜んで駅を出ると教習所への送迎バスがすでに待っていて、
これから合宿に入る数名がバスに乗り込み目的の教習所へと走り出す。
5分か10分だかを走った河原沿いにある建物が足利教習所だった。
階段をのぼり、案内されるままに正面玄関を通ったその時にそれまでの 「いいところ」 というイメージは大きく覆された。
数名の地元からの通い教習者 と思われるヤンキータイプの人達がうんこ座りをしながらぼくら新入りを見上げ、無言でにらみを利かせている。
当時のぼくはドレッドロックスでボブマーレーなんかを意識していたし、隣の原口はエメラルドグリーンの髪の毛で手には黒のマニキュアを施していた。
それに彼はファッション誌のスナップなんかにも載ったりするらしく、きれいな顔立ちをしてモードっぽかったから
当然そのこわい目はぼくら二人に集中して向けられる事となった。
うわーやば、、まずいとこに来ちゃったな こりゃ と我ら。
(第一章からこういうタイプの人がちょこちょこ出て来るが、当時はこういった明らかなチンピラ風情がたくさんいたし、
足利という町はぼくの偏見で言えば、その頃住んでいた東京八王子のそれよりも、もっと明らかに多かった。八王子という所もかなりそういう町なのですが、、)
そして信じられないかもしれないけど、
寮に入るとすぐに「東京から芸能人が来た」とちょっとした騒ぎが起きた。
冗談でなく、握手を求めてくる女の子なんかもいて、「いや一般人です、学生です」と繰り返したけど
誤解は解けそうになく、結果的にぼくは言われるがままにサインまでもしてしまった。(ごめんなさい)
その頃はそういう、とっぽい恰好をしてる男や太めのドレッド頭にしている人がまだ今ほど一般的ではなかったのかもしれない。
とにかくそういった訳で最初のうちは
合宿所にいるヤンキーの人達によくからまれることになった。
そのたびに「どっから来た?年いくつだ」「はい、東京です ハタチです」 というやり取りが行われるのだけど、
運良く彼らのほとんどが1つか2つほど年下であったから、それが分かった途端、皆、敬語になり
以降は随分優しくしてくれて、車の運転の事なんかを質問すると親切に教えてくれたりもした。
そういう人たちとも仲良く過ごせるようになって1週間も過ぎた頃には試験や授業も減りはじめるので
やることもなく、1日が長くなってくる。
退屈していたある日、合宿所の部屋から大声が聞こえてきた。
しばらくしてから警察官が数人入って来るとぼくらよりもずいぶん年上のパンチパーマの兄さんが両脇を抱えられ連れ出されていってしまった。
彼もまた刺激が欲しかったのだろうか、噂ではコカインだかシャブだかを持っていて、、という話。
この町には大きな川とそれをまたぐ大きな橋があった。
夕方に見えるこの町の景色は夕日のそれと相まって、実にきれいな、きれいなものだった。
空は広く見事なオレンジ色と伸び放題の葉っぱたち。
路面研修で町の中を走るようになると教習所の先生たちは助手席からぼくに向かって、決まってこういった。
森高千里の「渡良瀬橋」知ってるかい?
あっちが 「やぐも神社」 「床屋の角の公衆電話」はその先、ほんとにあるんだよ。
いつ発売されて、ヒットしたのかは分からないけど、
偶然にもここに来る前にぼくは渡良瀬橋という曲を知ったばかりで、カセットテープにいれて
何度も聞いていたのでその話を聞くたびに大きくうなずいた。
そっか、、これが渡良瀬橋のある町なんだ。
ほんとに歌のとおりだな きれいな町。 カセットテープもってくればよかったな。
ぼくらはよく河原に出かけては石を投げたり、合宿所に設置してあった卓球台で遊んでみたり、貸し自転車に乗って町を散策したりした。
そして夕方になると決まって渡良瀬川に出ていっては夕日を見て過ごした。
そんなある日少し離れた町でお祭りがある事を知ったぼくらは喜び勇んで自転車を走らせた。
その町で原口は女の子をナンパする。
彼はとにかくモテるのだ。ひっかけた女の子は車の免許を持っていたので彼女も女友だちを一人呼ぶと、ぼくらは4人で足利の山の上までのぼって夜景を見て
それから、自宅に招いてくれたのだけど、大きな家にはご両親もいてぼくたちは何故か晩ごはんまでごちそうしてもらってしまった。
ごはんを食べながら、やる事がないなどとみんなで話をしていると、教習所の近くにアイススケートリンクがある という。
ついでにそんなに暇なら舘ひろしの「免許がない」って映画をやってるよ 合宿免許教習所の話らしいからいいんじゃない?(笑) なんともタイムリーな映画だ。
「やったね」と喜ぶ我ら、
とにかくやる事はないが、時間ならいくらでもあるのだ。当然翌日は舘ひろしではなく、アイススケート場へと繰り出すことになった。
古い建物に入ると平日の昼間ということもあって、スケートリンクはガラガラだった。
ぼくらを入れても7~8人程度。
アイススケートをするのは小学生以来で随分久しぶりだったけど、
そんな状況なので周りを気にすることもなくぼくらは存分にスケートを楽しむことができた。
しばらくリンクの中をくるくる回っていると6~7人の男女が入って来た。
派手な女たち数人とチンピラ風の男、
ひと気のない真っ白なリンクの中で派手なメイクと金髪茶髪が目立つ。
そのグループを見ていると向こうのひとりの女がこちらを見ているようだ。
うええー また絡まれるとめんどくさいぞ、、とっとと帰ろうぜ と
引き上げようとしたその時に女がこっちに滑りよってきた。
なんだよ、、めんどくさいことになってきたな。。
ぼくはその女を見る。
あれ、、
「おれあの人知ってる人かも、、 ちょっと行って来る」と原口に言ってから
ぼくも彼女の方向に靴を滑らせた。
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「おおくぼちゃん だよね、、」
「うん・・」
「やっぱりおおくぼちゃんだ、、はは ひさしぶり、、だね」
栃木県のガラガラのスケート場にいたのは
電話と猫を置いてあのアパートから突然消えてしまったさっちんだった。
「そうだよね さっちんだよね、、びっくりしたな 、、久しぶりだね 元気にしてんの?」
「うん そうだね、、 もうずっとこっちにいるんだ。。今日は職場の友だちと来てるの」
すこし大人っぽくなったような気もするけど
話した感じは前と変わらないままだ。
「そっか うん、、」
「うん、 はは,, うん 」
ぼくらは多分同じ事を考えていたから、なんとなく気まずい雰囲気になり、
さっちんは次の一言が言えずにいるようだったので
「あのね 猫はげんきにしてるよ」
そう言うとさっちんは 「うん、、 そっか じゃあね」 と それだけ言ってぼくに手を振ると またグループの元へ戻って行った。
「昔の知り合いだったよ」
ぼくは原田とスケート場をでると渡良瀬川の土手に行ってまたいつもみたいに夕日を見ながらジュースを飲んだ。
「しかしここの夕日すごいよね めちゃくちゃきれい。免許取ったらさ、おれまたここに車で来たいな。」というと
原口は
「あーそうすね けど おれもう飽きましたわー 東京帰りたいわ 帰ってナンパしましょうよ」と言うので
ぼくはあきれて笑ってしまって
「おまえはこっちでもいっつもずっとナンパしてるじゃん」というと原口も「ははは」と笑った。
「はー明日はなにしよっか。」
「うーん 舘ひろし 行ってみます? 笑」
「いや・・・」
おわり
ーあとがきのようなものー
ヨーロッパの旅行中にぼくらはフィルムの数にして30本くらいの写真を撮ってきたのですが、
1本分だけ残りがあったので、それをカメラに入れてこの足利教習所にやってきました。
しかしながら入れてきたつもりのそのフィルム、昔はよくあった話で現像に出す時になってカメラのふたを開けてみると
中は空で、ぼくたちはこの期間ずっと空のシャッターを切っていたことに気づきました。
そしてさっちんはこのスケート場を最後に、原口ともその後1年くらいしてからなんとなく連絡が途絶えてしまいました。
その取り戻せない 消えてしまったものたち のせいなのか、この約2週間くらいの記憶はわりと鮮明で
景色とか過ごしていた間のどうでもいいつまらない事も含めていつまでも記憶から離れなかったりもします。
もちろん、さっちんに再会したという衝撃も大きいのだろうけど。
それともうひとつ、足利という町の景色がきれいで結局その後まだ行けていない事もあって、あの景色と土地がいつまでもいつまでも
ぼくの思い出の場所として美しく残っているのかもしれません。
第1章の書き出しに戻るのですが、ロックちゃんとの日々はあっという間の期間だったけど
猫にまつわる話というのは時に想像もできないような不思議なことが
起こるものだな と思うことが時々あるので今回こうして書いてみることにした次第です。
最後まで読んでいただきましてありがとうございました。
来年からも猫コラムはまだ続きますのでよろしくお願いします。
メリークリスマス と ハッピーニューイヤー
文と絵 おおくぼcatひでたか
~お知らせ~
tobaccojuiceワンマンライブ「一輪の花」
今年いっぱいをもって活動を休むことになりましたタバコジュースのワンマンライブです。
12/20(土) 東京吉祥寺スターパインズカフェにて。
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~おおくぼのおしらせ~
12/21(月)吉祥寺モモカレー 極楽大忘年会
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12/27(日)、28(月)立川シンボパンにて さると猫のハンコワークショップ (28日満席のために27日追加となりました)
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※28日夜はライブイベントあります。
2016/1/24(日) 下北沢 風知空知 高橋徹也さんの弾き語りソロライブで絵を描きます。
http://ameblo.jp/tetsuyatakahashi/
http://www.monacos.info