横沢俊一郎『ハイジ』インタビュー
INTERVIEW[2018.07.31]
――『ハイジ』を発表して、それまでになかった反応とかはありますか?

ありますよ。知らない人が聴いてくれたり、ラジオに流してもらえたりとか……あるんですけど、まだ一か月経ってないからなのか、これが自分の限界なのか分かんないですけど……。
さっき言ったように、すごい強欲というか……。ヘッドアレンジ(譜面ではなく、口頭で編曲の指示を行なう手法)ができるようなところまでなったら、色々自由にできるだろうし。いま色々やってもらってる人には、善意でやってもらってるんですよ。今はいいですけど、絶対どっかで破綻しますから。お金を払わないとその人のためにもならないっていうか、その人にはその人のやることがあるので。
でも、言ってもいいんだとすれば、あの……「売る音楽間違ってんじゃない?」って思います。
言いづらいことってたくさんあるじゃないですか。これ言っていいのかな、みたいな。そういうことを言った方がよくないですか? 自分の正しさを裏付ける何かがないと物を言わないっていうのだと、だんだんキツくなってくると思うんですよ。本当は言ってもいいのに。ただ言われてないだけのことって、たくさんあると思うんですよ、あるあるネタとかマジ歌とかみたいな感じというか。そういうのを見たいですね、今は。

――そういう点で言うと、横沢さんの歌で感動したのは『遠い人』です。もっと近しくなりたい人のことを歌う時に「遠い人が遠いままだなんて僕は我慢できない」ってそれこそ、まだ言われてなかったけど、みんなのそばにあった言葉だと。

そう思われたらラッキーですね。

――横沢さんの詞はすごく「正しい」と思わされます。最近のポップスって角の取り方がうまいというか、世の中の空気を敏感に察知して作られた表現が多くて。良識的だし技術的だから、好きなものはたくさんあるんですけど、横沢さんのは別種の正しさだと思うんですよね。「間違ってない」じゃなくて「正しい」っていう正しさ。

俺も良識的なものは好き……なんですけど、でも、俺みたいな人がいてもいいじゃん、って(笑)。もうちょっといさせてよ、っていう気持ちはあります。

――でも、常道から外れることをするとか、皆が目をつぶっていることに対して異を唱えると、反発があったりする。

これがローファイって感覚に繋がるのかもしんないですけど、「五教科平均70点以上」「赤点ゼロ」じゃなくて……五教科じゃない、生活科とか、あれテストあったか分かんないですけど、ああいう課目で一個だけ3億点とかだったらめっちゃイイじゃないですか(笑)。
聴く人って、皆が思ってるほどバカじゃないと思うんですよ。さっき「単純に面白くないから売れてないんじゃない?」って言ったのは、逆に言うと「ちゃんと面白かったら売れるでしょ」っていう、全体に対する信頼みたいなのがあるっていうか。ビートルズとかマイケル・ジャクソンとか、ああいうのを支持してる大衆がバカなわけないな、って感覚があって。一個一個は「アホじゃん」みたいなのは、まあ大量にあるんですけど、全体が集まった時にそんなに間違った選択肢を採り続けたとも思わないというか。実際音楽が今売れないのは推してるものがちょっと狂ってるからじゃないのか、っていう。
まあ、でも……言いたいのは……「金くれ」と。

――(笑) 

「ここにくれ」と。



――活動とか流通の規模が大きくなっていくためには色んな条件があると思うんですが、
『ハイジ』に関して言えば、一つのきっかけとしては十分過ぎるアルバムだと思います。色んな人に届けばいい手紙みたいなものだと。

本当……そうですよ。ものすごい個人的な、夜中に書いた誰にも見せられないような手紙をみんなに送るんだから、全部読まなくていいからちょっとだけ見てみて、っていう。

――明治とか大正の文人の往復書簡が全集に入れられちゃう、みたいな。でも、みんなに楽しんでもらえる内容だから、それが死後全集に入るんじゃなくて、ちゃんと横沢さんがご存命のうちに……(笑)。

俺みたいな人、たぶん結構いるんです。動きは遅いし怠け者だし、基本的に何にもやりたくない、でも音楽はサンクラに上げて、みたいな人たくさんいるけど。要は自発的に動けない人なんですけど、こういう精神性のもとでちゃんと形にしてアルバム1枚を出したって、たぶんほぼいないんですよ。そういうことができない人間が、頑張って出してるんですよ。
別に、自分が大したことやってるって思ってないんですよ。「俺でもできますよ! でも、もっといるでしょう、みんな来てよ」っていう意味での手紙では、どっかあります。

――横沢さんの歌にはラブソングないしはラブソングと取れる歌が多いじゃないですか。普遍性を持たせるという意図があるのか、それとも自発的にそうなってしまうのか……。

意図はありますね。分かりやすいし。あとは全部政治的とも言えるというか……あれは全部ここ数年間の俺にとっての社会で……個人的なことを言ってはいますけど、俺にとって社会であり世界っていうのは、あれだったから。ある意味戦争状態とも言えるし……(笑)。それに対する解決策とか、「どうしたらいいんだ」「これは何だ」みたいなものだから。それが恋愛の形をとっちゃうのは、俺がそういうことばっか考えてるからってだけであって……。基本的にはやっぱ、「良くなってほしい」って思ってます。「全部良くなればいい」って。ハッピーエンドしか好きじゃないんですよ、映画とかアニメにしても。バッドエンドって本当に全然無理で。「こうなったから最悪だよね」ってメッセージの、ディストピアみたいな感じでバッドエンドになるのはまあ分かるんですけど。

――頑張った人が報われなかった、みたいな。

ただ報われなかった、そんなものを観てどうすんだよ、って(笑)。「報われないこともあるけどね」っていうのは分かるんですけど。良くなろう、良くなろう、良くなろう、良くなろう……! って考えた結果、ああなりました。

――さっき『ハイジ』を手紙のようだという言い方をしましたが、色んな人に聴いてもらいたい内容だとは思うんですけど、例えば「ローファイ愛好家」とか、「限定的な範囲の中でしか有効ではないもの」として聴かれてしまいそうでもある、と思ったんです。さっきお話に出た「俺の音楽を好きそうな人」という言葉にも、実感というかリアリティがこもっている感じがして。

実感はありますよ。そういう人のことをやっぱり好きなのは、今お化粧をしようとしてあんまりできてない段階の俺のことを好きって言ってくれてる人は、俺のことをちゃんと好きでいてくれるでしょう、っていう。その中にはすごいよく見てくれる人もいたりして。明確にイメージできる何人かがいて、その人について話してるんですけど……。骨格としては、そんなに閉鎖的なことをやってる感覚はないんですよ。

――活動が広がっていくと、思い通りにならないことも、例えば自分の望まないアレンジをされてしまったりとか、やりたいことが害されることも増えていくと思うんですが……。

今でも充分害されてるから……。それは、やれる選択肢がある上での制限だと思うんですけど、今は今で、選択肢がまずないっていう制限もありますから。今できることをただやり続けるんだったら死にたくなるから、それよりは勝手にアレンジされた方がまだマシですね。(自由がなくなったら)その時はまたどっかでグチグチ言って、違うことやると思うんで。自分が作ったものが狭い、そんなカルトかな? とも思うし。この間思ったんですけど、100人いたら1人か2人ぐらい、俺の曲聴いて、良いと思う人いるんじゃないかって。学年に1人とか。一億人の中に百万人いるとすれば、そんなに閉鎖的でも……。

――閉鎖的というか、好きになったら一から十まで好きになる人がいる、って感じですかね。何と言うか……濃度が濃い? エキスがギッチリ入ってるから、受け付けない人もいれば、「しばらくこれしか飲みたくない」って人もいるような。

コンビニに「こんなん誰が飲むんだよ」みたいなドリンクがあるじゃないですか。そういう感じでいいんじゃないですかね。誰が飲むか知らないけど、何かコンビニにある、みたいな。まあ、とりあえず、パンクに行きたいです。
(文・写真:オオクマシュウ)


『ハイジ』
01. こんな感じのストーリー
02. 遠い人
03. マロニー
04. ディッセンバーガール
05. ロックスター
06. 春へ
07. ハイロー
08. 僕ら無敵さ
09. 愛してみたり愛されたり
10. 清潔なスピード


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1,750円(税別)
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2018.05.16発売