2月に京都と東京でおこなうAnalogfishのワンマンライブ、「KYOTO TO TOKYO」。今年は開催4年目、京都に限って言えば冬のこの時期に磔磔でワンマンをするのは9年目になる。このライブの主旨は、普段やらない古い曲を掘り起こすこと、そして旧曲に大胆なリアレンジを施して提示することだ。そして過去を遡ってみると、このワンマンで初披露された新曲も多い。つまり、旧曲、新曲、リアレンジ曲が入り乱れる、ファンにとっては予測不能なライブなのである。
この日の京都はとにかく暖かくて、最高気温は20℃を超えていた。公式アナウンスでは「SOLD OUTまで、あと28人」とのこと。熱気溢れるフロアで開演を待つ。佐々木健太郎(Vo. Ba.)、斉藤州一郎(Dr. Vo.)、下岡晃(Vo. G.)がステージに登場し、3人でドラムを囲んでいつも通り何やら言葉を交わす。その輪が解けて、『LOW』の野太くタイトなイントロが鳴らされてライブスタート。続いて『ほら』。いきなりかなり古い曲を2連発。『ほら』は、3人がやいやい歌うコーラスワークが楽しい。
続いて、新しい曲を2つ。最新アルバム『Almost A Rainbow』収録の『Will』は、ギターのカッティングの疾走感がたまらない。そして佐々木ボーカルの新曲『Time』。ソロ弾き語りでは歌われたことがあるが、バンドではおそらく初披露。「Time! Time!」と繰り返し叫ぶサビ前とハイトーンボイスで歌い切るサビ、後半「Yeah!」と叫び続ける佐々木の声量、どれをとってもすごい迫力。最近の佐々木曲はポップなものが多かったので、この力強いロックンロールは新鮮に響く。しかし、後日東京公演で下岡が「健ちゃんの古い曲は変な曲が多いけど、『Time』は新曲なのに変なので可愛がってます」と言ったように、曲構成やリズムの取り方が独特で変則的な、聴いていて癖になる曲でもあった。ライブの定番になると嬉しい。
今年のリアレンジ曲は、『Receivers』、『Life Goes On』、そして『Ready Steady Go』の3曲。『Receivers』は、軽やかなギターのカッティングに乗せて、歌詞の通り、晴れた日に風を帆に受けてすいすいと海原を進んでいくヨットが目に浮かぶようだった。『Life Goes On』は、曲の前半ずっとベースが単音を弾き続けるシンプルなアレンジ。ここ磔磔でこの曲を聴くと、2008年2月23日を思い出す。斉藤が体調不良で欠席、ノードラムの状態で佐々木と下岡2人で強行したライブだ。ハラハラしつつも彼らの奮闘に熱くなり、演者と観客が一体になって作り上げたライブの中で、アコギ2本でやったこの曲が特に心に沁みたのだ。あの日は雪が降っていたけど、今日は春のような暖かさ。冬の磔磔、あれからもう9回目なのか・・・と感傷に浸っていると、それを断ち切るように下岡のギターソロが鳴った。これが今までにない雰囲気でちょっと変わっていて面白かった。いいリアレンジ。そして今回、最も感動したのが『Ready Steady Go』だった。サビでの4つ打ちが、前に向けて歩き出す力強い足音のように聞こえた。歌詞にあるように、ベッドルームを抜け出して路地裏から国境まで歩き続けて、最後には地平線を越え海まで進むような、己の意志ひとつで世界を広げていく様を音で描き出していた。そしてこの曲だけでなく今年のリアレンジ曲はすべて、例えば『TEXAS』や『Superhello』、去年のリアレンジ曲『出かけた』のように楽曲を解体するのではなく、楽曲の世界観をより明確に示し、曲そのものが持っている良さを伸長させているように感じた。
中盤、ライブでは久々の旧曲『ラブホ』、そして最新アルバム『Almost A Rainbow』より『Tired』を続けて。この2曲は作られた時期は随分違うが、同じ世界観の下にあると感じている。佐々木の楽曲はいつも、薄暗い部屋の隅から世界を見つめ、自分を取り巻く憂鬱な世界や、憂鬱な視点でしか世界を見られない自分と闘っている、そんなスタンスであるように思っている。視点はずっと変わらないのに佐々木の表現方法が成熟したが故に変化しているように見えるのだ。
それに対して、下岡の楽曲は、常に俯瞰の視点で描かれる。この日やった曲で言えば、『UNKNOWN』では少ない音数で、『Walls』では緊張感を保ちながら、一歩引いて世界を眺めることで本質に迫ろうとする姿勢を感じる。2人の異なる世界観から成る曲をライブで鳴らし、彼らの魅力を「1+1」ではなく何倍にもしてしまうのがAnalogfishなのだと思う。
旧曲について語るMCが興味深かった。
佐々木 「10年前の自分たちの曲に苦しめられてます(笑)。キーは高いし、今だったら絶対書かないような歌詞だし」
下岡 「うん、とにかく若くてびっくりした。ずっとギター弾いてるしね(笑)」
佐々木 「10年前の自分がむかつくんだよね」
下岡 「コードでも1音ずらしてたり。イラッとする」
佐々木 「でも、KYOTO TO TOKYOは今の俺たちの方がイケてるっていうのを証明するライブです!」
そんなMCの通り、彼らは常に進化し続けている。このMC直後、硬質なベースのイントロが鳴り、『Super Structure』が始まった。確かに旧曲には若さと勢いがある。しかしライブで聴くと、『Super Structure』やその次の『こうずはかわらない』といった新しい曲の方が圧倒的に音が強く、轟音なのだ。音構成がシンプルな分、一つ一つの音の強度を高めているのだろう。また、旧曲だって今の演奏の方が熱い。ライブでやるのはいつ以来なのか思い出せない『確信なんかなくてもいいよ』では、佐々木が叫び、下岡が思いっきりギターをかき鳴らし、3人でコーラスを畳み掛ける。そして間髪入れず『スピード』に突入! 速さと勢い、間奏のギターとベースとのバトル、ドラムソロ、どれも完璧。佐々木はアウトロでピックを派手にぶっ飛ばしながらもウインドミルでベースを弾く。下岡が「ロックスター、佐々木健太郎!」と叫び、大きな歓声と拍手が沸き起こった。この流れ、昔より熱いんじゃないか?
ライブは最終盤に入り、さっきまでの盛り上がりを冷ますように『No Rain (No Rainbow)』のイントロが立ち上がる。「ただ美しいだけで 虹は雨の対価ではないでしょ」「君に何かしてあげたい」という歌詞が説得力をもって響く。本編最後は『荒野』。彼らの決意の曲である。年齢を重ねて諦めたものも得たものもある。単純な楽天家にも、部屋の隅で泣いているだけの若者にも戻れない。善も悪も偽善も、本音も建前も、白も黒もグレーも全部飲み込んで、それでも前を向いてまだ見ぬ荒野を進もうとするリアリストの姿が描かれる。胸を打たれずにはいられない。そう、Analogfishはとにかくリアルで真摯なのだ。この時代において、真摯であることがどれだけ大変か。
アンコールで下岡が語る。「『スピード』が出て去年で10年。今やってることと随分違う曲だから、今回演奏してみて10年って長いんだなあって思いました。最近僕らを好きになった人は、もしかしたら『スピード』で面食らったかもしれないし、逆に『スピード』は知ってるけど久々にライブに来た人は驚いただろうし(笑)。でも、ずっと動いて荷物を運び続けている感じが自分でとても嬉しかった。それを皆さんも喜んでくれたら嬉しいです」
アンコール1曲目は『僕ったら』。クリアなギターとうねるベースがロマンティックで、ハイトーンで歌われるサビとアウトロの叫びがぐっとくる。そして2曲目は『はなさない』。たった一瞬の感情の昂ぶりが永遠の時間として表現される崇高な曲だ。映画のワンシーンのような、1枚の写真のような、とにかく「絵になる曲」だ。そして、そんな感情の昂ぶりを最もよく表しているのが斉藤のドラム。激しく降り注ぐ雨と、心の中で吹き荒れる愛が、スネアとシンバルの連打で表される。斉藤のプレイスタイルはタイトでシュア、でも時折鬼気迫る激しさを見せる。正確さと激情。冷静さと迫力。タムなしのシンプルなセットでこんなに多彩な表現ができることに感嘆する。
鳴り止まない拍手に応えてダブルアンコール。「今日はバレンタインだし、ラブソングを」と下岡が言って『抱きしめて』。人を愛するということをシンプルかつストレートに、地に足が着いた人生の一部として描く。ストレートに人を愛したいし、愛されたい。それが普通にできる世界であってほしいと切に願う、祈りにも似たラブソングだ。
来年は冬の京都ワンマンが10周年。きっと特別な企画をしてくれるに違いない。でも、来年のことを言う前に、今年の彼らの活動にも当然期待している。既に4月と6月にはツーマンシリーズが、5月には佐々木のソロツアーが決定している。下岡がMCで「ずっと動いて荷物を運び続けている」と表現していたが、今まで彼らが積み上げてきたものに最大限のリスペクトを捧げたいし、これからも前に進み続ける彼らを応援していきたい。
(文:山岡圭)