NOVEL[2017.04.25]
NOWHERE
Vol.02 bushbash

この小説はフィクションであり、登場するミュージシャンも架空のものですが、実在のライブハウスやミュージシャンと無関係ではありません。

 寝坊したせいで、家を出るのが遅くなった。小岩に着いた頃には開演時間になろうとしていた。出がけにパンを少し食ったけど、自転車を飛ばしてきたせいで腹が減っている。ツイッターを見て、一組目が誰かは知っていた。もちろん観るつもりでいたが、今までに二、三回観ているバンドだし、すごく好きかというとそうでもない。一組目は見切って、空いているラウンジで腹ごしらえをするのが良さそうだ。
 日差しは春めいていた。真っ昼間に自転車を漕いできて、簡単には引きそうにない汗をかいていた。昭和通りの薬屋の裏にある駐輪場に自転車を止めると、羽織っていたフルジップのパーカーを脱いで腰に巻き、Tシャツ一枚になって店へと急いだ。裸の腕に、風が少し冷たかった。途中にもう一つ駐輪場はあるけど、大して距離は変わらないし、停めた所より50円高い。
 店に入ってすぐは広いラウンジになっていて、通りに面した窓際には音源やジンがたくさん並んでいる。案の定、ラウンジに人影はほとんどなかった。閉め切られた防音扉からは何も聴こえてこないが、ライブスペースでは、今まさに一組目が演奏をしているのだろう。

 エントランスで受付をすることもあるが、今日はドリンクカウンターが受付を兼ねていた。名前を告げて料金を払う間に、今日のカレーのメニューを確かめる。
 心臓が少し跳ねた。グリーンカレーがある。売り切れになっていることが多くて、今まで食うチャンスに恵まれていなかったカレーだ。この店はヴィーガン・メニューしか出さないのだが、いつどんなカレーを食べてもうまい。一も二もなく注文して、入場料にプラスしてカレー代も払う。ドリンクはジンジャーエールにした。自転車で来ているとか、まだ高校生だからとかいう以前に、一人で酒を飲む気はしない。バイト先の人が好んで飲むこだまサワーののぼりを見つけて、飲み会で一口もらったバイスサワーの味を思い出した。
 瓶を受け取って、カウンターのスツールに腰掛けた。俺の身長だと高すぎる椅子だけど、四人掛けのテーブルを一人で使うよりも落ち着くし、サーブする側もカウンターにいられた方が楽だろうし、何より、背の高い椅子に座るのはちょっと格好良い。
 今ライブをしている一組目のバンドは「オドラデク」といって、つかみどころのないバンドだった。高等なことをやっているのは分かるんだけど、俺にはどうも難解で、楽しい気持ちと困惑が、観ていていつもこんがらがる。ネストで目当てのバンドと対バンすることが多い。俺がネストに行った日に、上の階のセブンスフロアに出ていることはもっと多い。他の人は若いのにギターだけがずいぶん年上で、その人は得体が知れなくて、ちょっと面白い。演奏している様と聴こえてくる音が、いつもうまく結びつかない。
 ジンジャーエールを飲んで汗を引かせているうちに、カレーが届いた。手を合わせて、心の中でいただきますと唱え、さっそく一口頬張る。
 ――とんでもなく旨い! 「フルーツの酸味と甘味を活かした」というキャプションを思い出せば、爽やかさについては理解できる。しかし、このミルキーな口当たりはどうだろう? ココナッツミルクとフルーツだけで、こういう「うまいは甘い」のお手本みたいな味わいは作れるものなのか? 俺もペーストを使ってグリーンカレーを作ったことがあるけど、鶏の皮から出した脂がなければ、こういうまろみは出せなかった。小気味良い固さのライス、柔らかい玉葱と茄子とプチトマトの食感の違いも飽きを来させない。ああ、あっという間に食い切ってしまった。辛口のジンジャーエールひと口で後味をすっかり拭い去ってしまえるところに、唯一ヴィーガンらしい特徴を見出すことができた。
 料理人を目指すと決めて固形ルウを使わなくなり、骨付き肉のダシのふくよかさとか匂い、顆粒スープの便利さとあざとさには敏感になった。ああいう旨みと塩気が組み合わされば俺は飯を食えるのだという、自分の味覚のかたちを知ることも出来た。
 ここのカレーは、いつだってよく分からない。ヴィーガン・フードはここでしか食べたことがないが、動物性タンパク質が入っていないことがいつも信じられない。好んで食うラーメンやカレーにある爆発力は、確かにない。ただ、それが肩透かしには決して繋がらない。いつも食材から引き出された脂やダシが的確にまとめられている。ナッツのカレーの食べ応えや、無加水鍋で煮込んだというキノコのカレーの奥行きは、今でも鮮やかに思い出せる。
 好みとは違うけれど、旨いと感じるものがある。あと十年したら大きな財産になっていそうな気付きだ。俺は俺の舌と鼻を使って料理を見ることしかできない。人の舌と鼻を借りることはできない。だけど、自分のものでも他人のものでもない視点を創ることはできる。
 オドラデクの演奏が終わったのか、ラウンジとライブスペースを隔てる防音扉が開き、人が出てきた。後に出るバンドの人もいるにせよ、昼公演にしてはたくさん入っている。皿と瓶を返し、腰に巻いたままだったパーカーを羽織ると、ライブスペースに入った。
 コンクリートの床や壁から伝わってくる冷気をいつも歓迎のように感じるのは、そのあと体温が上がるのが分かっているせいだ。俺はフロアの真ん中より後ろあたりに立ち、携帯を見て転換が終わるのを待った。
 オドラデクは「音響歌もの」みたいな紹介をされるバンドで、他の三組と比べると、一組だけ浮いていた。ラウンジで弾き語りをやることもあるので、ここらしいと言える顔ぶれではある。次に出るRichardは無機質なゴッドフレッシュという感じだし、その次のOllie & Nollieも、今日の企画主であるSpaghetti Codeも、コテコテのアメリカンハードコアだ。
 二組目の演奏が始まった。Richardの出す、服の生地の余りがびりびり震える轟音を、最初は心地よく感じていたが、オドラデクを観なかったことを少し後悔し始めていて、意識が逸れがちになった。遅刻したとはいえ、観られる分だけでも観ておけばよかったかもしれない。学年末テストがあってバイトにロクに入れなかったのに、ストレス発散のつもりでソシャゲに課金したりCDを遠慮なしに買ったりして、残高が目減りしているのも分かっているから、損をした気持ちは余計に大きくなった。しかし、ゆっくり飯を食えてよかったじゃないかという慰めはあった。最初の集中が切れたので、演奏をつぶさに観るのではなく、響いてくる音をただ浴びるように聴こうと決めた。人の邪魔にならないよう、壁に寄り、その場に座った。
 来年の春、高校を卒業したら、バイト先のレストランに就職するつもりでいる。今のバイト先は高齢者向けマンションの入居者用のレストラン――入居者全員がそこで必ず飯を食う「食堂」ではなく、自炊しない人だけ利用する「飲食店」だ。朝昼夜、どの時間帯でも基本的に和食・洋食の2種の定食を出すことを前提に、栄養士さんの監督のもと、一週間単位で献立を組む。専門店での修行も考えないではなかったが、高卒にしては給料がまあまあ良いこと、勝手が分かっている厨房で働き続けられること、色々な料理を作れる(作らざるを得ない)ことの魅力は大きかった。
 見識を広げるためにも、飯を食う金は渋らないと決めている。ライブハウスでフードを出している場合は、極力会場で飯を食う。小さいハコだと調理環境がない所も多いから、カレー屋やパン屋なんかがフードを提供することも多い。好きなバンドを観に来て食の新規開拓まで出来てしまうわけで、願ってもないことだ。ここのカレーは売り切れになることも多い。味が良いのとは別に、酒と違ってロスの危険が大きいせいもあるのだろう。あのグリーンカレーを分析的に食えたことには、オドラデクと天秤にかけても、やはり価値を見出していい。
 轟音は眠気を誘うか、神経を研ぎ澄ませるかのどちらかだ。後の二組への期待のせいか、今日の俺の反応は後者だった。Richardはギターが一人、ドラムが一人、ベースが二人のインストバンドで、大型トラックが徐々に加速しながらひたすら直進していくようなライブをする。そのテンションの推移を感じていると、少しずつ血が尖ってきた。この血をどうすればいいか、俺は知っている。
演奏を終えたRichardに拍手しながら立ち上がり、ステージの近くへ寄った。

 次に出るOllie & Nollieは、十二月、一月と続けて観たので、久しぶりという感じはあまりしない。いつもライブが楽しくて、つい音源を買わずにYouTubeでライブ映像ばかり観てしまっていて、自分のボルテージが上がる曲もタイトルを知らないままでいる。
 彼らの演奏が始まると、さっきまでは起きなかった反応が案の定起きた。体が動く。Richardと比べてリズムが速くなり、重低音ではなくチャカチャカした能天気なギターが際立つようになったせいか、ビートに従って頭も揺れれば、足も床を蹴る。Ollie & Nollieは名前の通りスケートロックを基調にした4ピースのバンドで、とにかく全曲速い。速い曲と、とんでもなく速い曲しかやらない。メンバー全員が無茶苦茶に動きながら、速いテンポをもつれさせない。ボーカルの弾くスカっぽいおちゃらけたギターが、その上で楽しく踊っているのがノリの肝だ。
 好きな曲が始まって、反射的に歓声をあげていた。反応したのは俺だけではなく、五人ほど俺の目の前でグルグル駆け回り始めた。そこに突っ込んでいくこともできたが、「俺の沸点はまだ先にある」というあいまいな閃きが足を止めた――時々生まれるこの閃きは何なんだろう? 規則なく起こるくせして、もっと良いタイミングは、本当に決まってその後に来るのだ。
 前に突っ込まなかったにせよ、俺はステージにくぎ付けになった。Ollie & Nollieは英語詞で歌うバンドだ。俺の大したことない英語力と、ボーカルの日本語っぽい発音が相まって、いくつか聴き取れる英単語がある。メジャーな四文字言葉の他、「anger」とか、「active」とか、「エスタブリッシュメント」とか(スペルには自信がない)。同じ曲でモッシュしていた時には、耳に入ってこなかった情報だ。実は政治的な歌だったのだろうか? そう思うと、この曲で高まるバンドのテンションにも頷けるところがあった。腹にある興奮を中から押し上げてくるような、デカくてかっこいい彼らのジェスチャー。ギタリストなんかは、肩より下まで垂れる髪を振り乱してギターを掻き鳴らしている。
 ロックバンドのオーバージェスチャーと自分の興奮が噛み合う時、一方通行同士であるはずの俺たちの間には、何か速いものが通い合う。それは俺たちの脳にある、大して重要ではない回路を正確に引き裂いていく。
 曲のメッセージを気にせずにノッていた今までを思ったせいで、我を忘れるところまで興奮が辿り着かなかった。しかしその分、消費されず溜まっていくものがあった。圧力鍋のおもりを蒸気が揺らすように、爆発の予感が頭と膝を揺らした。体温はやはり上がった。俺はまたパーカーを腰に巻いた。

 今日の目当てはトリのSpaghetti Codeだった。中学からロックを聴き始めて以来何度か味わった実感ではあるが、「俺が求めていたのはこれだ」と一番最近思えたバンドだ。絶えずパワーヒットするドラムと、殴るようなピッキングのベース。ボーカルとギターはどっちもいつ火が点くか分からない。音源を聴いていても頭を振ってしまうのに、ライブでは熱量が5倍にも10倍にもなる。割と新進のバンドだということが、また応援したい気持ちを煽る。出来るだけライブを観たいと、今一番思っているバンドだ。転換が終わるのを待ち切れない。無意味な動作を止められず、きょろきょろと辺りを見回したり、腰に巻いたパーカーをいじったりしてしまう。
 時間を持て余して携帯を見た。ツイッターの通知が表示されていたが、見なかったふりをした。主に見ている情報収集用のアカウントから、通知が来ることは考えにくかった。学校の友達とだけ繋がっている別のアカウントからだろう。急いで反応するのが今は億劫だった。学校にも面白い奴らはいる。好きな相手がいる。だけど、あいつらとの繋がりの中で通い合うものより速くて痛いものが、もうすぐ俺の中に届く。今はそのことに耽っていたかった。その力にすぐ反応できるようにしたかった。
 サウンドチェックが終わった。ボーカルの「始めます!」という潔い一言に、俺を含めた前列にいた全員が耳障りな叫びをあげて、拳を突き上げたり髪を振り乱したりした。
 一曲目、二曲目は、何となくライブで聴いたことがあるタイトルを知らない曲だったが、興奮はもう止めようがない領域に入っていた。ベースとキックの音に絶え間なく腹が撞かれる。それに促されて、頭をぶん回さずにいられない。当たり前の耳の感覚で捉えられるのはもう、ギターとスネアの音と、ボーカルの声だけだ。シンバルの音は視界の明滅と同化しているし、タムの音も、空気圧として体の前面だけで感じている。歌詞は全く聴き取れず、歌詞カードを見ているから初めて英語詞だという察しを付けられる。
 バンドの出す音が、防音されたこの空間に飽和して、過剰な音量で全身を包む。低音に圧迫され、高音に刺される。頭を動かすあまり、目はぼやけたものしか映さなくなる。鼻の奥から出血の前触れのような重たいにおいがする。首が痛い。俺より激しく興奮している人がぶつかってくる。そういう感覚全てと地続きの「もう始まっている」という実感が、いつの間にか俺を満たしている。何が? いつ何が始まった? そう思った時、昼から夜までぶっ通しのイベントを除けば、昼にここにいることは初めてだと今更気付いた。締め切られたこの空間には、昼間の空気が及んでこない。光も闇も閉め切られて、演奏と観客だけが隔絶された瞬間。
 始まっていたのは、昼でも夜でもない、ここ専用の時間だ。
 バンド屈指のキラーチューン『(W)REC(K)ORD』が始まって、頭の後ろ半分が白くて熱いものでいっぱいになったのを感じた瞬間、モッシュピットに駆け込んでいた。さっきから滅茶苦茶に暴れ回っている七、八人の人たちは、みんな俺よりデカい。反射的に突っ込んだ俺は左からまともに体当たりを受けて、思い切り転がった。咄嗟に「邪魔しちゃいけない」と思って、回転に逆らわず、むしろ回転していく方へと重心を入れる。背中が床で跳ねて、その勢いで素早く立ち上がれた。結び目がほどけてパーカーが宙を舞いそうになったが、まだ体勢を整え切れず、手や腕をパーカーに伸ばせない。右肩にまといつくパーカーを安定させなきゃと思った時、今いる所から壁までの間に誰もいないことに気付き、全力で壁にタックルした。壁に肩を押し付けて、パーカーが床に落ちるのは防ぐことができた。しかし、痛みがじわりと肩に滲んで、やべえ、利き腕だ、と一瞬白けそうになる。しかしサビが始まろうとしていたせいで、危機感が急速に薄れていく。パーカーをフロアの隅――誰もいない上手側のアンプの前に投げると、ステージの真ん前に行って合唱に加わる。「Everyone is wrecked in here(ここにいる全員めちゃくちゃだ)」の繰り返し。上等だ、めちゃくちゃで上等だ。俺はめちゃくちゃで上等なんだ。ボーカルのシャウトでサビが終わると、周りの暴れ方がいっそう激しくなった。長髪が揺れるのを見て気付いたが、Ollie & Nollieのギタリストが、俺のすぐ横で踊っている。彼はステージのへりに素早く足をかけると、人が固まっている方へ、背中を下にして飛んだ。飛びかかられた方も素早く反応してギタリストを受け止めたが、誰の手も抱えられなかった片足が宙に踊り、重心がそちらに移って床に転げ落ちそうになった。俺は慌ててそちらに駆け寄り、ぶら下がっていた足を持つ。人だかりは最初、ダイブの勢いに負けて後ろにもつれていったが、俺の後にも二、三人駆け寄ってきた人がいて、ギタリストは少しのあいだ危なげなく皆の頭上で転がり、フロアに降ろされた。曲はちょうど二度目のサビにさしかかろうとしている。ダイブしていたギタリストが、俺の方に近寄ってきた。目が合った途端、彼はピアスの数には不似合いな人懐っこい笑顔を浮かべて、俺の肩を抱いた。俺は、俺の敬愛するミュージシャンを助けることができたのだろうか。誇らしい気持ちと、照れくさくてくすぐったい気持ちが、さっきまで俺を隅々まで満たしていた昂奮とぶつかり合う。
 俺の肩を抱くギタリストや、周りの皆がそうしているように、俺もまたサビのフレーズを叫ぶ。俺の声が一番大きければ良いと思う。ギタリストもまた俺よりデカい。肩には届かないので、彼の腰に腕を回した。
 曲が終わると、ギタリストは俺にハイタッチを求めた。何度もステージで観ている人との接触だと緊張はしたが、自分の頭の線がいくつか切れていることも分かっていて、俺は硬い表情のまま彼と思い切り手を打った。
 理性と繋がっているだけで、大したものが流れていなかった回路がめちゃくちゃに千切れている。普段は使う機会がなかなかないけれど、脳にも心臓にも深く刺さっている回路に、今はとんでもない電気が流れている。続けて始まった曲も、俺の大好きな曲だった。頭を腹の高さまで振り下ろした後、その頭を今度は天井を仰ぐまで振り上げて、あらん限りの声で叫んだ。ひたすら、開きたい、と思っている。だから目も口も限界まで開けている。でも足りない。開くところを全部開けないと、これの逃がしようがない。
 何人もの人たちが、曲に呼応してぶつかり合う。もう耳では音楽を聴けていない。耳はいつも音楽の粒を選り分けて、それが甘いとか苦いとかを教えてくれる。そんな当たり前で精密な聴き方は、俺たちには今はもう出来ない。振り回す四肢と、衝突する胴体とで共鳴するしか、今の俺たちには音を感受する方法が残されていない。当たり前にできないなら、代わりのやり方でやるだけだ。
 床で打った背中が少し痛んできた。それはきっと勲章でも罰でもなかった。


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オオクマシュウ
野良小説家。埼玉在住、うお座のO型。でかいので、待ち合わせ場所として重宝されている。最初に買ったCDはミスチルの『I'LL BE』、最初に買ったレコードはア・トライブ・コールド・クエストの『Jazz(We've got)』とRUN DMCのベスト(たぶん)。

写真はライジングサン・ロックフェスティバル撤収時のひとコマ。物々交換を終えて村に帰る途中とかではない。

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